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1.小学校建設の論点

(1)住民の参加

 住民参加の短所として、①専門技術を持たない住民の参加によって施工の質が落ちることと、②技術指導を行わなければならないので、建設に時間と手間がかかることが挙げられた。


 長所として挙げられたのは、①住民が技術を習得することで、技術が地域に根づくことに繋がること、②学校の補修など、その後のメンテナンスを住民の参加によって行うことが可能になること、③学校建設で得た技術や材料を、住宅建設に転用できること、④職業訓練としての役割を担うことで、住民が仕事を得られやすくなること、⑤自分たちの手で立てるという行動が、住民の誇りに繋がることが挙げられた。

(2)耐用年数とコスト

 JHPでは、30年の耐用年数を想定した設計施工を行っている。繰り返し補修する必要がないように、あるいは当分の間、建替える必要がないようにとの配慮である。しかしいまだ小学校の絶対数が少ない中で、コストの高い、つまり耐用年数の長い建物を建てるより、コストを下げて、それだけ数多くの学校を建てたほうがよいという考え方もある。また、社会環境が不安定なため、今後30年の間に、社会状況の変化や、周辺環境の変化などによって、学校建築に求められる仕様が変化する可能性もある。

 耐用年数が長い小学校は、それだけ立派に見えるため地域住民に対するうけもいい。また建設の支援をするドナーも、お金を提供するからには、ある程度質の高さを要求する。しかしそうした意識が、無意味に質やコストを高めてしまってはいないかという見方も実際ある。

(3)地域間格差

 学校不足の問題は、地域間格差の問題でもある。プノンペンなどの都市部では、すでに十分な数の小学校が建設されつつあるが、農村部においてはいまだに学校のない地域が多く、学校に通うことができない子どもが数多くいる。

 地域からの要望をもとに建設対象が決められるが、要望主体が結成されていないような地域には学校が建てられない。地域の現状を正確に把握する仕組みが必要である。対象児童の分布調査や、小学校の分布調査などの網羅的な基礎調査が行われる必要がある。

 小学校の数を増やす試みとしては、フンセン学校がある。しかし、質の悪い学校を大量に建設することには問題がある。必要な地域に必要な数の小学校を建てることが求められているのであるが、そういった対応をするNGOは数少ない。

(4)業者選定

 設計は、本来は創造的行為であるため審査が必要とされるべきものであるが、型に沿うものであれば入札という選択肢もある。カンボジアでは、基本的に教育省の型に従うためか、内部設計(NGO)が一般的であるが、敷地条件や気候・風土・文化等に配慮した計画を行うという発想は皆無である。

 施工業者の選定には、入札、審査、抽選の3方式が存在する。一般には、選定の公平性、公正性を保つという理由で入札が行われるが、カンボジアでは談合が常態化している。SVAでは、まず最初に簡単な審査をし明らかに問題のある業者をはずし、残ったものの中から抽選で選ぶという仕組みを採用している。入札を行った際の談合を無効化する試みである。

 特異な例だが、CCHOMEでは、業者に発注すると材料購入や労働者雇用などの際に、多額の中間マージンが発生することを嫌い、直営で施工を実施している。

(5)伝統・地域性

 伝統や地域性を配慮した建築の計画は、十分に行われているとはいえない。第2次世界大戦直後の比較的安定した時代であるシアヌーク時代(1953~70)の学校を伝統的とみなす風潮があるが、確固たるものではない。屋根の棟木の端にナガ(水の神・蛇)の装飾を付加した計画をSVAでは行っていたが、伝統や地域性をかたちの問題に還元してしまうのは安易ではないか。その地域で産出される材料の利用や地域の気候・風土にあった形態、カンボジア人の空間感覚や造形感覚に沿った空間やかたちが用いられるべきである。

 カンボジアの伝統、カンボジアのナショナルアイデンティティが確立されていない点に問題の根源がある。ポル・ポト派の支配(1975~1978)によって伝統が否定され、多くのものが破壊された。継承されるべきものは失われ、過去と現在との断絶へといたった。

 様々な民族が共存するカンボジアにおいては、国土を統一するアイデンティティの確立だけではなく、地域や民族に深く根ざした独自性や固有性を育んでいくことも必要である。

2.小学校建設の今後の方向性

(1)変化に対応できるフレキシブルな空間構成システム

 現状では、6m×8m程度の同じ大きさの教室がならぶ形式が一般的である。人口の流動や教育観の変化等により、就学児童数が今後急激に変化する可能性があることに加え、現在1年生と6年生とで生徒数が大きく異なるケースがあることがわかった。

 壁が固定された形式ではなく、ラーメン構造の柱梁と屋根によって全体が構成され、壁をなるべくもたない形式が求める声があった。家具あるいは、可動間仕切りによって空間を分割する形式とすることで、将来予想される用途の変更にも対応が可能である。これは、いわばスケルトンとインフィルによる2段階供給方式であり、状況の変化にも柔軟に対応できる。

 また、暗く閉じた印象のある従来の学校と比べて、明るく開放的な構成が可能となる。特に農村部では、周辺の田園風景を学校内・教室内に取り込むことを利点と考える意見があった。

(2)住宅建設技術との連続性を確保

 住宅建設技術と学校建設技術が不連続であることが問題として挙げられた。学校建設に利用される材料と技術は、住民が住宅を建設する際に利用する材料、技術と大きく乖離しているのが現状である。

 住民参加によって修得した技術を自らの住宅建設に活用することが有効である。そうすることで、子どもだけでなく地域の大人にも学校の価値が認められ、地域の大切な施設として認識される。

 そのためには、安価な材料あるいは地域産材の利用によって学校を建設し、住宅との連続性を確保する必要がある。学校と住宅の技術的連続は、地域への学校の浸透を促し、また地域に馴染んだ施設、地域に還元される施設として機能する。

(3)地域のコミュニティ施設としての機能を

 学校に設置された井戸を周辺住民が利用する例や、学校のグランドに露店がならび物を売っているケースを見ることができた。これは、学校がコミュニティ施設として認識されていることの表れである。これらの行為を重視して学校を建設することで、学校を地域の核施設にすることができる。

 実際カンボジアでは、様々な公共施設を一つの町や村に、分散させて建設するだけの財政的余裕はない。また施設の効率利用のためにも学校の公開は有効であり、例えば、学校に設置された図書室を周辺住民に開放し、利用率を上げることも考えることができる。

 人々が集まって教えを請うという学校の基本的性質は、子どもだけが享受するものではない。地域の集会所として、人々のコミュニティを支える施設としての視点が必要である。集会所や宗教・信仰施設、儀礼の場、イベント会場、交通ターミナルなどを小学校に複合化することが可能と考えられる。

(4)多様な要求に即した施設計画

 NGOによって建設される学校では、教室のみによって構成されるケースが多い。これは、子どもへの援助を最優先するドナーによって、教員が必要とする居室を宛がわないという方針に由来する。しかし、学校を健全に運営するためには、最低限の教員用の居室が必要である。

 職員室、校長室、図書室、特別教室、資料室、サッカー場など、学校を健全に運用する際に必要な機能を確保する必要がある。小学校は勉学だけでなく生活の場でもある。子どもに対する援助を優先させることは必要だが、学校を支える教師の職場環境も整える必要がある。

(5)ソフトからのアプローチ

 視察した学校のうち半数以上の学校で、使用されていないトイレを眼にした。特に農村部では、未使用率は上昇する。子どもがトイレを汚すので、それを嫌った教師がトイレに鍵をかけ、そのまま使用することができなくなるケース、また汚物を蓄積する容量が少ないため、少人数の利用で汚物が満杯になってしまって、使用できなくなるケースがあることがヒアリングから判明した。

 後者は、トイレのハードの問題で、地下に浸透する仕組みあるいは容量の大きい汚物槽に流れる仕組みを検討する必要がある。一方、前者は、生活習慣の問題である。生活指導と連動させる必要がある。

 同様に、ごみの問題も見受けられた。建物周辺に数多くのごみが散乱していた。教師がごみを捨てるので、子どももそれを真似て捨てるという。教師の教育もあわせて行っていく必要があるといえる。

 また使用されていない水がめも各地で見られた。これはNGOが雨水利用の促進のため各地に配ったものだが、学校のトイレに未使用のまま押し込められていたり、野原に放置されていたりする。地元の要望を把握するとともに、利用促進に向けた指導の徹底が求められる。

(6)子どもの生活空間として

 学校で過ごす時間は、子どもたちの毎日の生活の主要な部分を占める。学校は学ぶためだけの場ではなく、食事、交流、遊び、集まり、くつろぎ等の場所を確保する必要がある。

 建築には、場所性に富んだ様々な場所が必要になる。数人程度以下の小集団に対して適切なスケールの空間が必要となったり、外部空間と内部空間とのつながりや、校舎とグランドの間の中間領域を充実させることが必要になる。子どもの寸法知覚能力に即したスケールに配慮し、低学年の教室の天井は低く、高学年の教室の天井は高くするといった配慮も検討する必要がある。

(7)地域と連動した建設システム

 建設材料は、どの地域も同じで、レンガ、コンクリート、瓦などであり、例えば国境のまちポイペットでは、国境を越えてタイでそうした材料を入手しているという実態がある。確かに、ポイペットには、建材を生産するような地場産業はないのだが、土地の土であるラテライトを使った工法などが検討可能である。それと連動して、あらたな地場産業の育成を促すことも考えられる。少なくとも、住民参加での学校建設を促進することによって、技術訓練の現場となりえる。

 また、自然エネルギーを利用する太陽光発電や風力発電、雨水利用など継続的利用にあまりコストがかからない仕組みの導入も必要とされる。

(8)寺子屋=学校という考え方

 現在の親の世代は、ポル・ポト政権以降の混乱の時代に青少年時代をすごしており、しっかりした教育を受けてきていない。一方で、人々の生活は仏教と密接に関係しており、地域における仏教ならびに仏教寺院の果たす役割は大きい。

 CCHOMEでは寺子屋=学校という考え方で、学校の定着を試みている。日本においても、学校の始まりは寺子屋にあった。信仰の場である寺の主導によって学校を建設、運営していくシステムは一般化できる可能性がある。

(9)新しい学校のイメージの創出

 教育省の型の存在によって、学校建築のイメージが定着した。空間のフレキシビリティや、内部と外部とのつながりや、画一的な形態などに問題がある一方で、数量的に不十分な状態で質よりも数という判断にも正当性がある。

 しかし学校は、カンボジアにおいて寺院とならぶ地域の主要な公共建築であり、またさほどのコストの上昇を伴わなければ、地域性を配慮した、住民参加による学校が望ましいのは当然であり、新しい学校イメージの創出が求められている。

04/28|アジア都市建築研究 カンボジアコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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近畿大学理工学部建築学科都市計画研究室は、2007年4月より新しく生まれ変わりました。

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これまで培われてきた「地域・生活に根ざし地域とともに考える」という視点を継承しつつ、フィールドをアジアに広げ活動を進めていきます。
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